大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和29年(ワ)644号 判決

原告

福田芳春

被告

中嶋一美

主文

被告は原告に対し金五万五千二百七十円及び之に対する昭和二十九年十月二十九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は之を三分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

本判決は第一項に限り、原告において金二万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

(省略)

理由

被告が中島建設という商号を用いて土木建築業を営んでいることは当事者間に争いなく、成立に争いない甲第一号証、同第六号証の一、乙第一、二号証及び原告本人尋問の結果によると昭和二十九年三月十八日午後一時頃態本県下益城郡富合村新村道路の駐在所前附近の路上において原告が訴外南里勝広の運転するオート三輪車の後輪に触れその場に転倒し、その結果左下腿打撲及び左足関節捻挫の傷害を負うたことが認められる。そして成立に争いない甲第五号証の一乃至四、同第六、七号証の各一、乙第一号証及び原告本人尋問の結果によると本件事故が発生した道路は熊本市より宇土郡宇土町に至る国道東側約八百米の位置に之と平行して南北に通ずる幅員約三、五米の道路であり、事故発生の当時原告は現場路上の西端において野菜の販売を終り、荷台に野菜籠(縦五十五糎、横八十八糎の巾のもの)を積んだ自転車を南方に向け、そのハンドルを握り、まさに出発しようとしていたことが認められ、これに対し前掲各証拠並びに成立に争いない甲第八号証、乙第二、三号証及び証人杉山忠義、同南里勝美の各証言を綜合すると訴外南里は前敍道路を熊本市方面より南方に向い、砂利約一屯半を積載したオート三輪車を運転し、時速約十五粁で進行して来り、本件事故現場の手前(北方)約三十米の地点のカーウを過ぎた際、右現場路上の向つて右側に原告及びその自転車、その他婦人二、三人の姿を認めたので警笛を二回鳴らし、速度を約十粁に減じて進行し、本件現場を通過する際は前敍野菜を積んだ自転車と約一尺乃至一、五尺の間隔をおいて回転車の進行方向に向つてその左側を通過したが、自己の運転するオート三輪車の後部右側車輪を右自転車の左傍にいた原告に接触させ同人をその場に転倒させたに拘らず、これに気付かずそのまま約三十米位進行した後、周囲の者の連呼によつて停車し、はじめて本件事故の発生を知つたことが認められる。以上認定の事実にもとづいて考察するに、およそオート三輪車の運転手たるものは、かかる場合相手方の避譲行動のみを期待することなく、その挙動に注意していつにても適切なハンドル操作によつて之を避け又は停車し得るような態勢を整えて進行し、特にこれらに近接して通過する際には自己の運転する車体の一部が通行人又はその他の物に接触せざるか否かを確かめ乍ら徐行し、必要に応じて適宜停車する等の手段を講ずべき注意義務があるに拘らず、訴外南里は前敍の如く本件路上にて原告の傍を通過するに際し、その手前において警笛を鳴らし、稍々速度を減じる等の措置を講じたに過ぎず、右の如き注意義務を怠つたため、その運転するオート三輪車の後部右側車輪を原告に接触させたこと明らかであるから本件事故発生につき訴外南里は過失の責任を免れないところであるし他に右認定を覆すに足る証拠はない。

次に被告が本件事故発生当時訴外南里の使用者であつたか否かについて判断するに、前顕甲第八号証及び証人南里勝広、同杉山忠義、同松本政秀の各証言を綜合すれば本件事故発生当時訴外南里は被告の被用者として、被告が訴外松本政秀より下請けした砂利運搬の業務に従事していたものであり、右事故は該業務の執行につき発生したものであることが認められ、前掲乙第二、三号証及び被告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は右各証拠との対照上未だ信用するに足らず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そうならば被告は原告に対し原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき義務があることは明らかである。

そこで進んで原告の蒙つた損害の額について審究することとする。成立に争いない甲第二号証及び証人金森盛起の証言によると原告は本件事故によつて受けた傷害の治療費として金三千二百七十円を支出したことが認められ、証人平江末熊の証言及び原告本人尋問の結果によると原告は本件事故によつて傷害を受けるまでは野菜の行商により一日平均五百円の収入を得て妻子五人を抹養していたこと及び前顕甲第六号証の一、乙第一号証及び原告本人尋問の結果を綜合すると原告は本件傷害を負うたため、事故発生の日である昭和二十九年三月十八日から同年六月十五日迄の間右行商をなすことができなかつたものであることが認められる。従つて原告は右期間その収入を得ることができず前敍一日当りの平均収入額により合計金四万五千円の得べかりし利益を喪失したことが認められる。以上認定の各事実によると原告は右財産的損害の外、本件受傷により精神的苦痛を受けたであろうことは之を推認するに難くないところであるが、前敍認定の事実及び弁論の全趣旨によつて知り得べき本件事故発生当時の情況、原告の受傷の程度並びに前顕南里証人の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第三、四号証の各二及び原告本人尋問の結果によつて認められる訴外南里及び被告は本件事故発生後原告に対し陳謝の意を表し見舞金等を持参している事実、その他諸般の事情を併せ考察すると被告は原告に対し金一万円を以つて慰謝するのが相当であると認める。

以上の通り原告は本件事故により合計金五万八千二百七十円の損害を蒙つたというべきであるが、内金三千円は既に支払いを受けたこと原告の自認するところであるから、被告は原告に対し右金三千円を差引いた残金五万五千二百七十円の支払いをなすべき義務があることは明らかである。そうすると原告の本訴請求は右金額及び之に対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかである昭和二十九年十月二十九日より完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるので該部分を正当として認容することとし、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 池畑祐治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例